もう年が明けてしまった。

 読んでもらってる皆さん、あけましておめでとうございます!
 年末に、年内にはアップしようと下書きで途中にしてあった文を明けて出すことになってしまった。
ということで、昨年もいろいろなことがあった。
 前回の日付を見ると7月28日となっている。この2日前に相模原市のあの大量虐殺事件が起こっている。まだ感情と事件の様子が理解できずにいた頃だったと思う。
 そしてこの日の昼に、近しい人が亡くなったという報告をもらった。そして7月29日にはこれまた近しいまちプロのメンバーが亡くなっっている。
近しい人の命が去って行ったり、大量の障害者の命が奪われたりといった事が経て続きに起こった。近しい人が亡くなったのは悲しいが、仕方がない。いつかは消えるものだ。しかし、相模原の施設内で起こされた大量殺人は「仕方がない」では済まされない事件だ。
 あれから時間が過ぎて行く中で、徐々に相模原の虐殺事件の事実が明らかになっていき、オレもいろいろと考え、感じて文書化もした。
 年が明けた今、改めて、あの忌まわしい事件について、感じるところ、考えるところを書いてみたい。くしくも今日は2日で書き初めの日だ。
 年末に今年の出来事として世間ではいろいろな出来事を出していたが、相模原の事件は無かったかのようにどこにも取り上げていないように思う。
 オレの中では昨年の一番大きな出来事はやはり相模原事件だ。
 この事件がまずは神奈川県内で起きたという事実にオレは深いモノを感じている。
 神奈川県と言えば70年初頭に障害を持った子が実の母に殺され、それについての住民の減刑嘆願運動に抗すべく神奈川青い芝の会が脳性マヒ者としての立場で、殺される側の立場で初めて世間に声を上げた地だ。その後には川崎駅で車いすの障害者のバスの乗車拒否があり、俗に言いう「バスジャック」という事件が起き、その後の運動の結果として、全国に先駆けて駅のエレベーターやリフトバスの導入がやられていた地だったのだ。
 青い芝が全国に広がるきっかけを作った地なのだ。
 その地であんな凄惨な事件が起きようとは!・・・
 改めて青い芝の会の行動綱領が頭をよぎる。
 全部で4・5個あるのだが、その中の一つ、「我々は脳性マヒ者として自覚する」。これは、社会の中にあっては、殺される立場であることを自覚するという意味だ。そして、一つ、「我々は強烈な自己主張を行う」。これは、殺される側からの叫びを殺す側の者に伝えるということ。我々を殺すような社会のどこがいい!と。そして、一つ、「我々は問題解決の路を選ばない」。安易な妥協は許さないという意味。
 そしてまた一つ、「我々は愛と正義を否定する」だ。正に今回の容疑者が言っていると報道された「正義」の名の下に障害者は殺されたのだ。しかも愛と正義の障害者収容施設の中でだ。そして最後に(これは全国青い芝の会の行動綱領に後で付け加わったのだが)「我々は健全者文明を否定する」というもの。
 人の命の価値を能力や見てくれでのみ判断する、力の文明である「健全者文明」を、オレら障害者を人間扱いしてこなかった「健全者文明」を、楽ばかりを追い求める「健全者文明」を、力のない、逃げられない、殺される立場から否定するということなのだ。
 だからこそ、このオレらを無視しきり声を聞くことさえしなかった健全者のみで作り上げてきたこの社会を変えようと、今まで活動してきたのだが。
 最近はオレは幻想を見てきたのかもしれないと思う。一見障害者を取り巻く情勢は良くなってきたという。
 本当に厳しく、オレ自身が問われていると思う。